Wikiと言論の自由

Apr 6, 2007 From: shfukuzawa@j...

ゆきちです。久しぶりの投稿がこんなんですいません。

Wikipediaは、部分的にあいかわらずもめているところが有るのですが、そうい
う削除行為の中に、時おり「言論(表現)の自由」を持ち出してくる方がいます。

そもそも表現の自由とは、憲法第21条に起因するようで、

第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。 2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

ということだそうです。
参考意見:http://www.uraken.net/houritsu/kenpo09.html
http://www.jicl.jp/chuukou/backnumber/12.html

ところが、Wikipedia始め、Wikiというツールは改変するのが前提です。ライセ
ンスがついていればなおさらです。要するに、一度書かれた他人の言論を妨害す
ることがいくらでも出来るわけです。一方、現在のネット上には、自分を表現す
るためのツールがいくらでもあります。静的HTMLだろうが、ブログだろうが、何
でもあるし、正直、Wikipedia上で記事を削ったからといって、特定個人の言論
を阻害したとはとてもいえないのではないかと思っています(そもそも、
Wikimedia財団の各種プロジェクトは、それぞれ目的を持っており、そうでない
ものは削ることを最初に基本理念としてあげています)。

とまあ、だらだら意見してみましたが、みなさんに、特に法律関係に詳しい方に
お聞きしたいのは、「Wiki上のデータを削除したことは表現の自由を阻害したこ
とになるのか」ということです。Yesともいえるし、Noともいえそうな話題なの
ですが、こういうことって、どう考えたらいいのでしょうか。

気になっているので、とりあえず投げてみました。こういう話題が好きでは無い
人は、スルーしちゃってください。

Apr 6, 2007 From: 2007@e...

憲法は政府を規制するためのものなので,関係無いと思いますよ.

Apr 6, 2007 From: ribbon@n...

On Fri, Apr 06, 2007 at 12:27:08PM +0900, Shun Fukuzawa wrote:

とまあ、だらだら意見してみましたが、みなさんに、特に法律関係に詳しい方に お聞きしたいのは、「Wiki上のデータを削除したことは表現の自由を阻害したこ とになるのか」ということです。Yesともいえるし、Noともいえそうな話題なの ですが、こういうことって、どう考えたらいいのでしょうか。

Wikipediaの場合、投稿の際に、自分が書いたものがGFDLとなることを承認した
わけですから、GFDLによって自分のコンテンツが扱われる(=書き換えられる)
ことについては問題ないのではないでしょうか。

Apr 6, 2007 From: shfukuzawa@j...

ゆきちです。

Kouichirou Eto wrote:

憲法は政府を規制するためのものなので,関係無いと思いますよ.

そうですね...。また無知を晒してしまいました。

Apr 6, 2007 From: shfukuzawa@j...

ゆきちです。

ribbon wrote:

On Fri, Apr 06, 2007 at 12:27:08PM +0900, Shun Fukuzawa wrote:

とまあ、だらだら意見してみましたが、みなさんに、特に法律関係に詳しい方に お聞きしたいのは、「Wiki上のデータを削除したことは表現の自由を阻害したこ とになるのか」ということです。Yesともいえるし、Noともいえそうな話題なの ですが、こういうことって、どう考えたらいいのでしょうか。

Wikipediaの場合、投稿の際に、自分が書いたものがGFDLとなることを承認した わけですから、GFDLによって自分のコンテンツが扱われる(=書き換えられる) ことについては問題ないのではないでしょうか。

そうそう、本来はそのはずなのに、表現の自由なり知る権利なりを持ち出してく
る人が絶えず...。ライセンスがあってもその調子、というのは、ライセンスの
勉強&啓蒙が必要ということでしょうかね。

ただ、GFDLのデータの、消去というのは、ライセンス的に許容なのか、気になる
ところですね。でも、存在自体の永続性は謳ってなかったと思うので...。うーん。

Apr 6, 2007 From: supertakot@g...

おおたです.
僕の知識は高校の現代社会・政経と大学の民法入門レベルの怪しさなんで
その辺りは眉に唾を付けながらお読みください.

憲法上の自由と民事的な事例に簡単に説明してみます.

Wikipedia上でコンテンツを削除するという行為は,それを書いた者が,
Wikipedia以外の他の場で表現する自由を阻害してはいません.
削除された文章は投稿者がブログその他で公表することができます.
よってWikipediaは表現の自由を侵害していません.

これとよく似た例として,表現の自由と検閲,映倫の関係が挙げられると
思います.映倫は映画業界の自主規制団体ですので,映倫の審査によって
上映を規制されるような表現をもつ映画も,全国興行衛生生活同業組合
連合会(全興連)に加盟*していない*映画館や,自主上映であれば,上映する
ことができます(わいせつ関係になると刑法が関わってくるのでまた話は
ややこしくなりますが……).また映倫の審査行為はこのため検閲に
当たりません.
これの,映倫をWikipediaで削除する側,Wikipediaという場を加盟映画館,
審査を受ける映画の製作者を投稿者,と置き換えると割と近くなると思います.

『宴のあと』事件や『石に泳ぐ魚』事件が民事裁判事例なのに表現の自由が
争点になったのは,原告の求めるところが,判決による出版差し止めという
「国による法的な拘束力」を持つ措置である(ゆえにその本を出版できない={{br}} 表現の自由が国により侵害される虞)ためです.

という感じでどうでしょうか.

    • OTA Takashi

Apr 6, 2007 From: ktomix@g...

コヤマです。

根拠ない思い込みかもしれませんが、
そもそも、憲法というのは、主権者(国民)がその代行者(行政や政治家)に
まもらせるものであって、主権者どうしを縛るものではないですよね。

さらに、ここから僕のWikiに対する考え方ですが、Wikiにおいては、
その場の編集(改変、削除、追記)行為が、共同編集という表現その
ものであって、そのことが自由に保証されていることが、ここではもっと
も重要ではないでしょうか。

ゆえにかかれている中身と同じくらい、更新履歴も生成された重要な
共同表現物と考えられるし、相互にコンテンツを中立化させようとする
磁場そのものが、ここでの最大な表現であると考えるべきではないで
しょうか?(よくある議論や凍結も、読む側からみると、そういうことが
おこる事柄なのだということそのことがわかるという意味でも重要)

出版社の編集者によって、ある種のカラーはありつつも、一定の
編集方針というものによって、ある程度の品質を保証されていた
商用百科事典とはもっとも異なる点がここだと思うのです。

自己の意見だけを表現物としてみなしたいのであれば、
自分だけが編集できる場で述べればいいわけです。
それを誰も否定も妨害もしていない。
という意味で、表現の自由は守られていると僕は思います。

もちろん、削除合戦のようなマナー違反をしていないことが前提です
こんなレスでよかったでしょうか


-
小山 智久//コヤマ トモヒサ
Koyama Tomohisa
-
M tomix@k...
T 03 5784 6797(Office)
T 03 5784 6765(Studio)
F 03 5784 6787
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情報伝達の設計と意匠
有限会社キゴウラボ
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〒150-0041
東京都渋谷区神南1-3-3
サンフォレストビル7F
-
らしさのデザイン
http://www.kigoulab.co.jp/
-
キゴウラボ広報部長トォイのブログ
http://kigoulab.typepad.jp/towy/

Apr 7, 2007 From: shfukuzawa@j...

ゆきちです。

Takashi OTA wrote:

おおたです. 僕の知識は高校の現代社会・政経と大学の民法入門レベルの怪しさなんで その辺りは眉に唾を付けながらお読みください.

憲法上の自由と民事的な事例に簡単に説明してみます.

Wikipedia上でコンテンツを削除するという行為は,それを書いた者が, Wikipedia以外の他の場で表現する自由を阻害してはいません. 削除された文章は投稿者がブログその他で公表することができます. よってWikipediaは表現の自由を侵害していません.

これとよく似た例として,表現の自由と検閲,映倫の関係が挙げられると 思います.映倫は映画業界の自主規制団体ですので,映倫の審査によって 上映を規制されるような表現をもつ映画も,全国興行衛生生活同業組合 連合会(全興連)に加盟*していない*映画館や,自主上映であれば,上映する ことができます(わいせつ関係になると刑法が関わってくるのでまた話は ややこしくなりますが……).また映倫の審査行為はこのため検閲に 当たりません. これの,映倫をWikipediaで削除する側,Wikipediaという場を加盟映画館, 審査を受ける映画の製作者を投稿者,と置き換えると割と近くなると思います.

そうですよね...。普通に考えても、契約関係の無い人物の表現を保護する理由
なんてないですもんね。

『宴のあと』事件や『石に泳ぐ魚』事件が民事裁判事例なのに表現の自由が 争点になったのは,原告の求めるところが,判決による出版差し止めという 「国による法的な拘束力」を持つ措置である(ゆえにその本を出版できない= 表現の自由が国により侵害される虞)ためです.

法的な削除の要求であれば、表現の自由の侵害になってしまうのかな。もう少し
勉強しないといけないですね。

Apr 7, 2007 From: shfukuzawa@j...

ゆきちです。

tomix::kigoulab wrote:

コヤマです。

根拠ない思い込みかもしれませんが、 そもそも、憲法というのは、主権者(国民)がその代行者(行政や政治家)に まもらせるものであって、主権者どうしを縛るものではないですよね。

そうですね。そもそも、立法にかかわる法律ですよね。

さらに、ここから僕のWikiに対する考え方ですが、Wikiにおいては、 その場の編集(改変、削除、追記)行為が、共同編集という表現その ものであって、そのことが自由に保証されていることが、ここではもっと も重要ではないでしょうか。

ゆえにかかれている中身と同じくらい、更新履歴も生成された重要な 共同表現物と考えられるし、相互にコンテンツを中立化させようとする 磁場そのものが、ここでの最大な表現であると考えるべきではないで しょうか?(よくある議論や凍結も、読む側からみると、そういうことが おこる事柄なのだということそのことがわかるという意味でも重要)

出版社の編集者によって、ある種のカラーはありつつも、一定の 編集方針というものによって、ある程度の品質を保証されていた 商用百科事典とはもっとも異なる点がここだと思うのです。

自己の意見だけを表現物としてみなしたいのであれば、 自分だけが編集できる場で述べればいいわけです。 それを誰も否定も妨害もしていない。 という意味で、表現の自由は守られていると僕は思います。

もちろん、削除合戦のようなマナー違反をしていないことが前提です こんなレスでよかったでしょうか

本来はライセンスによって編集行為は、著作権に上乗せする形で守られている筈
なんですよね。それは編集者であれ、sysopであれ。もちろん、その行為はプロ
ジェクトの外には適用されず、自由にやっていいはずなんです。

だけど、そこまで考えずに文句をいう人が多くて、相当いやなことになっていま
す...orz

Apr 7, 2007 From: 2007@e...

だけど、そこまで考えずに文句をいう人が多くて、相当いやなことになっていま す...orz

やめたら?

Apr 8, 2007 From: shfukuzawa@j...

ゆきちです。

Kouichirou Eto wrote:

だけど、そこまで考えずに文句をいう人が多くて、相当いやなことになっていま す...orz

やめたら?

etoさんにそういわれてしまうと、立つ瀬もないのです...orz

ただ、みなさんに対する脅しになってしまうかもしれませんが、以下の件があっ
たことをお伝えします。
http://beyond.cocolog-nifty.com/akutoku/2007/04/wikipedia_a28a.html
悪マニの人が、Wikipediaの書き込みに対して、情報開示請求を行うそうです。
いざとなったら、訴えることも辞さないようで。一応、この場合、訴える先はア
メリカの財団になるでしょう。2chで言えば、ひろゆき = Jimmy Walesと考える
とわかりやすいかと思います(正確ないい方ではないですが)。

このひとは、Wikipediaに関して「表現の自由」云々と言った人の一人なのです
が、こうした法的ツールの私的乱用がそれこそ表現すること自体を萎縮させると
いうことに気づかないのでしょうか。普通に削除依頼を出してプライバシー侵害
であることを訴えれば、記事そのものの削除だって十分認められるのに、そうし
た手続きも踏まないでこういう行動に出るんですから。正直、呆れています。

ただ、みなさんの運営しているWikiだって、放置してプライバシー侵害のある記
事を残したままにすると、こうしたことに巻き込まれる可能性も否定できませ
ん。まあ、大抵は表に出ることも無いでしょうが。

Last modified: 2007-04-08 Attached files total: 1MB